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ルドビコ・ザメンホフ 1859-1917

L.Zamenhof  ザメンホフは多民族の町、ビャリストク(現在はポーランド)で育ちました。そこでは民族間の争いが多くありました。それで彼は様々な言葉を話す人達の間の架け橋となるような新しい言葉を作りたいと思うようになりました。若い時代に彼はその言葉のプロジェクトに没頭し、27歳の時に「エスペラント博士」のペンネームでエスペラントを発表したのでした。  ザメンホフはユダヤ人で、眼科医として働き、子供たちと一緒に家族で暮らしました。彼はまた「中立的宗教」ホモラニスモを作ろうとしましたが、この計画が広まることはありませんでした。しかしエスペラントはどんな宗教、宗派とも関係はありません。 L.Zamenhof






Claude PIRON(クロード・ピロン)1931年-2008年

エスペラントの著名な作家で、基本語彙に限定した著書や、上質の小説を著した。lernu!にはピロンの初心者向けの著作として2作品が収められている。Gerda Malaperis! (ゲルダが消えた)Vere aŭ Fantazie (真実か空想か)である。

ピロンは難しい単語や見慣れない語根を使わずに、きれいな言葉遣いの話をつくる名人であった。著書"La Bona Lingvo"(「良い言語」)では、特にそういったエスペラントの可能性について語っている。

ピロンは1931年に生まれ、ニューヨークの国際連合で翻訳官として勤めたのち、スイスの大学で心理学を講じ、没するまでスイスに暮らした。ピロンは世界保健機構(WHO)の仕事を多くの国でこなし、フランス語、ドイツ語、スペイン語、英語、中国語などに堪能であった。著作にあたっては、エスペラントを使うのがもっとも流暢であると感じているとのことであった。ピロンは2008年1月28に亡くなった。
Claude Piron